書き落としたことがあったのでいくつか書いておきたい。また、最も重要なことも書き忘れていた。
・小生はどちらかというと三浦氏の取材態度に対しては不十分なものを感じている。しかし、当時父親と別れることになった家族については、本当にひどいことであり、取り返しがつかないことをしたことに異論はない。しかし、救済の方向をひたすら運営会社に向ける三浦氏とは異なり、日本が責任を持たなければ、とても民間が海外で事業を行うことなどできない、ということである。その点で三浦氏が政府関係者に切り込めていないのは残念である(特に外務省。外務省の役人たちがそれこそ民間企業が追われて逃げたときにに、民間企業の人間を守ったのだろうか?もちろんその中にはコンゴで形成された家族も含まれる。真っ先に安全なところに逃げたのが外交官たちであったというような落ちはなかったのだろうか?そういったことも含めて当時の状況の調査に不満が残った
・安易な決めつけが目立つ点についてはばらばらと書いたが、これは三浦氏のジャーナリストとしての資質によるものなのでいまさらどうなるものでもないと思われる
・調査の安易さ。例えば田無の状況を調査に行くときに近くのひとに聞くよりも、図書館で司書に聞いたほうがより文献などにより緻密な調査ができただろう。時間的にもそのほうが楽だしよっぽどよい。なぜそういした調査をしないのかわからない。朝日の記者は図書館の司書に聞いて書いたりするのはジャーナリストの名折れということを教えられるのだろうか?その割には安易に”専門家”のコメントを書いたりするが
・インタビューの間の整合性をつめる作業の不足。これは三浦氏のジャーナリストとしての資質かもしれないのでいってもしょうがないかもしれない。時間的にあとだったのかもしれないが、例えば性病予防のコンドームの話などは、全面否定の某氏などに確認してもよかったし、医師に確認してもよかったと思うのだが。本当に結構会社関係者で重要な話を投げかけた方がいるのに、それを受け止められない、というか自分の作ったストーリーに会わないと切り捨てているのではないだろうか?
こんなところかな
7月4日追加です。
もしですが、日本鉱業関係者にとって、外務省や経済産業省にはご迷惑をかけられない、という統一見解があったとして、こういった問題は民間だという国の建前を被る。被ることで次の国家プロジェクトにも参加できる、というような不文律があるならば、やはり記者はそこに切り込む必要があったのでしょう。昔のペルーで某外交官が僕たちは卵の黄身で君たちは外で僕たちを守るのが仕事だ”みたいなことを言ったというような感性の方々だとすると、そういうことがあってもおかしくはないと思います。
当然のようにこういうことをやっていれば政府関係者が国会議員から始まって外郭団体などもいろいろなひとがきてアテンドをしないといけなかったと。そういうアテンドで政府関係者が要求するのは、、、というようなことまで関係者に取材してほしかったですね。