こんな特集があった。
しかしもとの当初もだが、結局はこのように”朝日新聞に正しさの判定を求めるひと”の存在が結局はコンサートという場をつまらないものにしていると思う。
小生がコンサート会場で感じるのはある種の権威が支配する場であるということだ。
例えば前にも書いたが、ある有名な評論家兼予備校の小論文指導者が、まだコロナの影響が残るころ、わざわざコンビニから持ちこんだ食べ物をホワイエの小さなテーブルで前にいた人をどかしてまで食べた、しかも連れの女性と話して、というようなこともある種自分はコンサートによく来るので当然俺のやることは正しいのだ、ということなのだろう。
また、別の場では、コンサート後のサイン会で著名な学者が、友人を先に並ばせておいて、あとからきて割り込むのも見たことがある。これなども、コンサート会場という場では、音楽学者でしかも演奏者とも食事を共にするほと親しい(そのような写真がSNSに上がっていた)のだから、あとからきても友人の後ろに何人並んでいようとも、別に割り込みOK、ということなのだろう。見ていてとても不愉快だった。
結局は音楽を楽しむスタイルというものが、ほかのひとに迷惑でなければいいし、ほかのひとが迷惑を感じるようであれば、それはマナー違反んということなのだろう。
今話題の話に近いが、神奈川県の某ホールでのコンサートでのこと、防衛大学校の制服を着た観客が2名並んでいて、ひとりが大きないびきをかいて寝ていて周りにも聞こえたのだが、隣の同じ学校の観客は特段注意もしていなかった。どうも下級生のようであった。このような学校内のマナーが外で披歴されると迷惑ということもある。しかも、防衛大学校というところは外出時も制服を着用することになったいるらしく、制服であるのにだ。
話は戻るが、例えばフライングブラボーというのもほかのひとには迷惑ではないのでひな何サレルノはわかるところだ。しかし、例えば曲の間で拍手しないというのはどうだろう。もし連続して弾きたいということであれば、そう書いておいてほしいですね。ある程度長い曲のあとであれば、立ち上がるかどうかはわかrなあいので拍手が起きてもおかしくはないだろう。楽章の間であれば微妙だが、それだって起こることはあれば流れに任せればいいのではないだろうか。どうしても続けることにこだわるのであればプログラムに書いておけばよいのである。まあ拍手もあまりに無関係であればあれだが、国によってはものすごく反発をあらわに表す観客が普通であるところもあるようで、もうそうなると、コンサートホールのマナーというのは周りによって変わるものである程度は同調ということが起こるのは、マナー全般のものなのでしょう。
ですが、それが同調であるならですが、ある種の権威者が自分の好みを押し付けるようなことは許されないことであると思われます。コンサートホールのマナーにはよくわからないものもある、ということ自体が”朝日新聞の声”にこのようなことがのることで権威に頼る、ということは何も変わらなそうで何ともな気がしてます。
最後に、昔有名な作家がご子息とふたりでバルコニー席の出口近くに座って音楽を聴かれていたのに遭遇したことがある。いろいろといわれることも多い方であったが、小生はこのような配慮をされる方は信じられるという感じがある。それは感じでしかないが、やはり”俺はなんとか賞作家なんだから、多少息子がうるさくても満足しろ”というような方ではなかったのである。