国家とスポーツ

ある40歳くらいのもとスノーボード?の選手だったひとが、”我々は10代から20代という間を国民のためにスノーボードに費やしてきたのだから、オリンピックの帰りはビジネスで帰せと。そして終わった後の処遇も責任を持って考えろ(とまでいったか厳密には違うかもしれません)ということだったらしい。

もちろん五輪でメダルを獲得することや、スポーツに打ち込むことは素晴らしいことだと思う。しかし、それは自分のため、せいぜいがそのスポーツの団体のためであるべきで、決して国を背負ってやるものではないと思う。

おそらくスポーツの中のある人たちは、費用も含めて膨大なリソースをそこにつぎ込んでいると思う。ただ、すくなくとも経済的な見返りはそのスポーツ団体が責任をもてばいい。もしそのようなことができない団体であれば、みんな離れていくだろう。昔スポーツ団体が海外遠征に行くときにそのスポーツ団体の役員はビジネスで選手はエコノミーのような記事を見たことがある。スポーツ団体の幹部になるとまあいろいろといわれているようなこともあるのが実態なのだろうが、そこには国の補助金を当たり前のように思っているということもある。しかし、本来はスポーツ団体は自らの資金で運営するものであって、国からの補助は最低限にすべきもので、昔はソ連や東欧諸国、アジアでも中国などが国を挙げてスポーツを奨励していたので、日本などはそうしないとなかなか大変だったと思うが、今は違うのではないだろうか。また、五輪の出場があたかも国を背負って戦うかのような風潮も問題だと思う。今回米国の女子アイスホッケーのチームはトランプ氏のホワイトハウスの招待を断ったそうだ。日本で首相の招待を断ったら、それこそ大変なことになりそうだ。しかし、トランプ氏は政治的な文脈でアイスホッケーを使おうとしているのは明らかで、それを断る自由は当然あると思う。

国とスポーツの関係ということに関して、国が支援するのは当然。また、だからメダルをとったら国のおかげ、というのは全く間違えていると思う。あくまでもスポーツはそのスポーツを愛好する人たちが、それは国をまたいだ愛好者だが、育てて、国威を示すためのものではない。特に21世紀になってからは。