米国最高裁での関税に関する話のNHKのニュースの中で前にも出ていた段ボールのカッターの会社の話が出ていた。
しかす、このような報じ方は正しいのだろうか?
そもそもが米国が何かを輸入するとすると、大きくは二つの理由があると思われる。
ひとつは米国でも同じものを作っているけど品質や価格で輸入品が優位にある場合だ。
もうひとつは、一つ目の結果そもそもが米国では生産しないものである場合だ。
一つ目の場合、もしかすると関税によって米国産に変わっていくということがあるのかもしれないが、それには米国産をおそらくは増産する必要があると思われる。で、米国内で部品を調達できればよいが、できなければ結局輸入することになってしまうのではないだろうか?部品は対象外でしたかね?どうなんでしょう。
ふたつめについては、結局は輸入に頼るしかないので、輸入をやめるわけにはいかないということですね。
よってどちらにしても関税は米国の物価には影響するけど輸出側が価格を下げないといけないような状況ってどういう状況なのかいまひとつわからないですね。
特に今回はやってませんでしたが、日本酒のようなし好品は代替物がないものですから、高くなってもみんな買うのではないでしょうか。何しろ購買力はある人が買うわけですから。
というわけで何で日本に値下げ圧力がかかるのかなぞです。
また、これはよく言われる話ですが、食料品の消費税減税の話でよく出てくる社会保障費が云々という話だが、普通目的税というと、例えば自動車の重量税や揮発油税は道路の整備のお金として使う、というように、何かしらをするとき払う税金が、それとかかわるものに使われるという構造だろう。
しかし消費税は広く消費の際にかかるもので、社会保障にどこに関係あるのかわからない。もしかすると、社会保障費を増額する必要があるときにその分を消費税を上げた分の金額を上げたということか?当たり前だが社会保障は消費税導入前からやっていたわけで、別に社会保障は消費税がないとできないわけではない。そういった意味で、あたかも消費税を下げると社会保障費を下げないわけにはいかないというような説明はおかしいだろう。
また、大きく不思議なのは消費税のある部分は地方公共自治体の取り分なのにそういったことが話題にならないことだ。当たり前だが地方公共自治体は減額分の財源の手当てがなければ国の決定を受け入れられないのではないか。国と違って地方公共自治体の支出は国民の生活に直結しているので、例えば先生の数を減らすなどというわけにもいかず、おそらくは文化活動やスポーツ活動のような行事で減らしていくくらいしかないのではないだろうか?それでいいの?という感じがするのだが。どうなんだろう。
図書館の費用を削って余分な本(というのは政権側から見て)を置かないようにするというような作戦だろうか?
というようなことを書くと、国が大変なのだから図書館の本を減らすのくらい当然というような人も出てきそうである。