NHKのオーストラリアの16歳以下SNS禁止についての日本での報道

いろいろとされているが、NHKなどでも、現地の報道は”抜け道もある”みたいな話がニュースウォッチ9、しかし国際報道2025では首相の”飲酒を未成年が行っているということはあるだろう。しかし、それで法律もなくていいかというとそうではない。あるべき社会の姿を示すということで意味がある”というようなことをいっているのを流していた。また、ニュースウォッチ9では流していなかった、少女の母親のコメントも流していて、そこまで否定的なことだけではなくバランスをとっていたと思う。

ニュースウォッチ9などを見ていると(新聞もだが)何か抜け道があるからダメ、というような報道が多く、なんだかという感じだ。ITの技術者側のコメントが多いのでそうなるのだろうか?また、性被害の相談のようなひとがあれこれといっていたが、もっと多いのは学校の中のいじめだろう。そういった問題の多さを考えればなんらかの規制は必要だといいつつも、日本ではオーストラリアの施行をどちらかというと冷笑的に見る人が多いように感じた。

しかし、それこそが日本が没落しつつある理由なのではないだろうか。これは社会の法制面だが、政治資金の問題でも、問題があるといいつつ手を付けようとしない、あれやこれやといって、先延ばしする。結局は法の抜け穴を使っているひとが正当化されるだけだ。イノベーションの分野などもっと問題は大きく、サイエンス、芸術ども、新たなことに挑むよりは既存の枠組みの延長が好まれる。これが日本では大きな問題で、経済大国でありながら、新たな成長分野を見つけられない根本ですらあると思うのだが。

特に問題がある分野についての法はどんどんと国会で審議してほしい。もし国会議員が足りず、委員会での審議に不自由があるのであれば、定数削減というのは全くの暴論で、もっと必要な人数を確保する方向に話しは行くべきではないだろうか。

定数削減の話と、委員会が十分機能しているかの話がリンクしないところも日本のマスコミのなんだかダメな感じのところであるような。国会はただ話をする場所ではなくて、実際は決議の前の委員会での審議が重要なのだと思うが、なんだか国会本会議のパフォーマンスのようなものばかりがテレビでも報道されて、立法に必要な委員会がものすごく軽視され、逆に自民党の部会が妙に重く報道されるという、なんともなスタイルはどうにかならないのだろうか。

話は戻るがやはり、日本のような国では、法を作ることは重要で、問題があれば、問題を解決するためには法を整備する。もしかすると、法を作るのは行政の仕事になっていて、与党は行政に対してものをいうことで力を発揮する。内閣が指揮しているわけだから行政機関からは与党、内閣の意に沿った法案が出てくる。国会は官僚の振り付けにそって委員会審議、本会議ということで立法が行われるというのが日本の常識なのだろうか?なんだかこれだけ大学で法学も教えられている国としてはいまだ明治時代を超えていないような気もするが。