なんともな感じの記事だった。
おそらく理工系女子が少ない問題は、日本全体として、理工系を目指す人も減っていることも関係していると思われる。これはおそらく文系の法律や経済そのものを学ぼうとする人も減っているように見えることとも似ていて、要するに体系的な学問を学ぼうというひとは減っているのではないだろうか?
そこには学習指導要領の変遷もおそらくはあって、米国のプラグマティズムの影響下の戦後教育というのも絡んでいるのだろう。不幸なことに、教育が成功していたのは、ソ連だったと思うのだが、それは共産主義の名のもとどんどん排除されていった。その結果なんだかどっちつかずの教育が日本では行われることになってしまったということなのではないだろうか。
その影響はあちこちにあって、特に理工系では米国すらもスプートニクショックでソ連の教育を学んだと思うんだが、不幸なことに日本はそうはならなかったと思われる。
確かに教育で進んだメソッドを取り入れるのと、それを作った国のイデオロギーを取り入れることが混ざってしまった学者などもいたのだと思われ、それも残念なことではあったが、米国のように、競争原理によって、正しいメソッドを取り入れる、ということにならないのは意外と今の日本のスポーツ分野、学術分野、芸術分野すべてにのこることかもしれない。
ということで、日本が理工系で再度復活するには単に女子を入れるだけではなく、その前段階の初等教育から、21世紀どのような理科教育が求められるのか、また、それを教える先生の育成もどうすればよいのか。今は教育系の大学は不振であるといわれる。しかし、理科の教育などはやはり専門的な教育を受けた人でないと危険すら伴うわけで、どうするのか、国家的な議論が必要だと思うのだが、今の日本どうなんだろう。結局は小手先で、大学の学部でデータサイエンスという名のもとに理工系を増やしてみたり、女子を枠を作って入れてみたりというなんともな政策ばかり行われているように思われる。そりゃあ確かにデータ再演知ストみたいな人たちは必要なのかもしれないが、一方では看護師や医師だって必要なのだ。
結局そういった専門的な人たちへの待遇も悪すぎるのが今の日本で、理工系もおそらくは専門職として十分な待遇を得られないことも問題なのだと思われる。今の日本で起業しても下手すると大企業の下請けである。某自動車メーカーなどいくつの事業をそのようなせっかく目が出そうな企業への投資という名での支配を行って、やる気をなくさせているのか、、、
これは例えばイノベーションに対しての金銭面での投資の損失の優遇、もちろんそこには厳格な判断がないといけない、単に損金として計上できるということではないのだが、そういった面や、社会的にもイノベーションをもっと経済的に恵まれたものにするような土台を築くなど、政策が欠かせない。しかし、日本の官僚中心、税金での産業育成が中心の社会ではなかなかそういった真に民間の力でイノベーションを起こすことが難しいのだと思われる。
考えると明治期のような時代のほうが民間のイノベーションは盛んであったように思われる。例えば、日立製作所の祖と言われる日立鉱山では当時の政府の指示に逆らってまで公害の減少に努め、また、観測所も設けてそれが今も日立市に移管されて残っているとのことである。今某大企業などはそのようなことを自前でやるだろうか?まずは政府の支援がなければ、そのようなことに手を出さないというような会社が多すぎ智うのだがどうだろう。
ということで、朝日の記事自体はあまりにもくだらなくて論評にも値しないのであるが、いろいろと考えるきっかけにはなった。