週刊読書人の田川建三氏追悼記事

橋本大三郎氏による田川建三氏の追悼記事を読んだ。

しかし、なぜかはわからないが、小生には疑問を感じるものでさった。

まず、小室直樹氏と同じように、アカデミズムの体制から距離を置いた人、のようなことが書いてあるが、そんなことはないだろう。立派に定年まで公立大学の教授を務めあげている。橋爪氏がそのように思ったのは、彼が私塾に牧師たちを集めて開いていた聖書の学びをいっているのかもしれない。しかし、小生は田川市の塾から田川氏を凌駕するような生徒が現れたことは聞かない。

結局田川氏は周りに田川氏を尊師としてあがめる集団を作ってしまったのではないか。そして、田川市の魅力的な文章などに一見分かったような気になるが、実は田川市に及びもつかないような塾生に、もてはやされ、それはそれで気持ちいいだろう。小室氏が橋爪氏を育てたのとは違う。

また、確かに新約聖書を個人で全訳したことはものすごい業績だと思うのだが、その評価は実際のところどうなんだろう。そこはわからない。

少なくても言えそうなのは、田川氏が提示したイエス像というのは、相対化された、よく言えば客観的なイエスという人が発した言葉をその発した文脈で解しようということで翻訳もされていると理解している。しかし、じゃあパウロの書簡などはどうなのだろう。そこにはどうしても、田川氏が拒絶していると思われる”教会”という制度が絡まざるを得ないのではないだろうか?そもそもが聖書という書物が伝えられているのにはやはり教会が好まざるとしても絡んでいる。ということでじゃあ田川氏の周りに集まったひとたちは、牧師としてどういった動きをしているのだろう。もちろん、アンチとしてはたらくということはあると思うが、それだけでは社会は変わらない。結局自分でどうするかだろう。田川氏は小室氏とは違って孤独ということはないだろうと書いたが、実は大学でもあまり学生と有意義な対話などできなかったり、私塾でも彼が求めるレベルで勉強するひとはいなかったりといった孤独を抱えていたという意味では、小室氏以上の孤独だったのかもしれないとも思う。