相変わらず宗教法人への課税で4兆円とかいっているひとがいるらしい。
しかしこれには大きな誤解がある。
まず第一に宗教法人が優遇されているのは固定資産税と宗教に関する事業での収益くらいだろう。よく課税論者がいう、京都のお坊さんは飲み歩いたりして儲かっているようだ、というが、おそらく全体からいったらそのような宗教法人はごく一部で、多くはかつかつの生活をなんとか信徒が支えている、というところだろう。ちなみにお坊さんが飲み歩いているお金というのはどこから出てくるのかはなぞで、もし給与だとすれば、当然一般人と同じく源泉徴収でしっかりとられているはずだ。また、お布施のようなものは寺などに対してであれば、個人で自由に使うわけにはいかない。もし交際費のような形で支給されているのであれば、宗教団体の役員がチェックする義務がある。もしそのようなガバナンスがきいていなければ、宗教法人として問題があり、包括団体が何かしらチェックをするべきだと思われる。実際は大きな寺などの拝観料がダークなのだろうか?しかし、大きな寺であればそれなりの維持費がかかる。よくわからないのだが、小さな寺であれば檀家が責任をもって僧侶の家族の生活費をある程度工面するだろうけど、大きな寺だと逆にそれは拝観料などに任されているのではないだろうか?何しろ京都の大きな寺などは墓地もないのだろうから安定した宗教法人の会員からの収入は意外と見込めないのではないだろうか。そうなってくると確かに一面では会員の代表である役員によるチェックも甘くなりがちなのかもしれないが、繰り返すがそのような寺などはごく一部だと思われる。
逆にもし固定資産税をとられたとすると、逆に宗教法人化する利点がなくなって、宗教は野放しになるだろう。もちろん信教の自由という原則のもとで行われることなので、そもそもが規制はないほうがいいということも言えるわけだが、実際はある程度宗教を社会の必要なものとして、それこそが信教の自由を支えるという思想のもとに、就航法人として団体としての透明性を確保する代わりに固定資産税などの免除を認める、ということではないのか。
そう考えると安易に宗教法人から法人税をとればいいというものでもないのは明らかだろう。こういった言説に賛成する知識人が多いことは残念である。
繰り返すが、宗教法人といえども被雇用者とみなされる、僧侶や牧師などは所得税は課されている。また、ものを買えば消費税もまったく同じように払っている。ごみ処理なども当然特別に払う処理料は負担している。