石破首相はリベラルか?

いろいろな学者の中では石破首相は自民党の中で”リベラル”ということになっているらしい。へーっという感じだ。

小生の理解では、リベラルというのは政治的には人権に重きをおく政治を好むとか、経済的には国家によるコントロールよりも市場に任せることを好むとか、そんな人なのだが。石破首相はどうだろう。まずは比較すると政治的にリベラルであるとはいえるのかもしれない。しかし、実際彼は首相になってから、選択制別姓も棚上げだし、同性婚にもあまりはっきりした態度は示していないように見える。比較するとリベラルかもしれないくらいだろう。また、彼は軍備には非常に力が入る人だし、第二次大戦にもいろいろとこだわりがあるひとだ。そういう意味では”保守”なのだろう。また、キリスト教徒という点も保守を感じる。なかなかわかりにくいかもしれないが、彼がクリスマスに出席したらしい日本基督教団富士見町教会は、朝日の記者が書いているような同じ日本キリスト教団(あえてこちらはカタカナで書いてみました)の教会と大分政治的なスタンスは異なっていると思うのだがどうだろう。もちろん戦争反対だが、そこにはバリエーションがあるという政治的なスタンスのひとが多いのではないだろうか。そういう点ではキリスト教徒であっても保守だろう。

経済的にも彼の地方へのまなざしは自由主義というよりは、国家による配分を思わせるし、コメの値段いついてやっていることなどは、完全に統制のようなものだろう。

ということで彼を”リベラル”というひとは何をもってリベラルといっているのかは疑問。

また、リベラル層が石破氏の継続を支持しているというが、同様に特に立憲支持者であればリベラルなのかというとこれも疑問だ。立憲の旧社会党的なひとたちに連合の一般の民間会社の組合員がリベラル度合いでついていけるとも思えない。おそらくは連合の旧民主党の流れをくむ人たちにとっては、彼らをリベラルというならばそうなのだが、一番支持しやすいのは石破氏だというところはあるのではないだろうか?

また、公明党の支持者にとっても石破氏がいいということもあるのではないだろうか?

そういう意味では安倍首相時代に築いた公明党との連立が、いまや、首相選びでは自民党国会議員のやっかいな種になっているといえるのだろう。もちろん公明党は”保守”である。

ということで、リベラル層の支持が石破氏がリベラルだから向かっているなどというのは全くのとんちんかんな分析で、単に石破氏以外の首相が選ばれると、それは支持できないない。また、高市氏の応援団があまりにも、、、ということなのだろう。とても単純な話なのではないだろうか。

なんだか学者は野党支持者は石破氏じゃなくて、野党の代表を推せばいいじゃないかというようなことをいうが、野党といっても極右もいるわけで、とて現在の野党で連立を組んで組閣などできる状況ではないのは明らかなのではないだろうか?