ローマ字 つづり方 「訓令式」から約70年ぶりに見直す答申 「ヘボン式」を基本に 文化庁の審議会まとめる | NHK | 教育
まあ何年も前からある種の人たちの願望としてあったヘボン式の導入がついにきまったようだ。
この審議会の委員には哲学者の古田徹也氏なども入っていたようだが、議事録を見ると、なんだか根本的な話ではなく、彼でなくてもいいんじゃないの?というような発言が多いような気がして残念だった。
また、この中で日本語でローマ字によって文を書くのは、ローマ字の日本社くらいのようなことになったようだが、大きなところではケセン語の記載が忘れられているようだったのも大きな残念だった。つまり、地方の微妙な発音を著そうとしたときに、やはりローマ字は便利で、日本語の体系の中では、なじむのは訓令式をもとにして、変えていくことではないのだろうか?なぜならヘボン式は音韻的に関係ない場合もあるからだ。
そもそもが古田氏も言っているが、ohtaniをオータニと読めるのはやはり有名人がいて何回も音で聞いているからで、じゃあohitaと書いたらどう?というか、単語だけ聞いたら何語なのかわからないと読めないのではないだろうか?
前にも書いたが、米国だけを考えても、いろいろな民族がいて、結局は文字の連なりをどう読むかは聞かないとわからない。例えば日本のmachidaだって知らなければマシダになってしまうということもあるわけで、ichiroのオーだって知らなければイチャイロとか読んじゃいそうだ。
おそらくはある音のつながりというものは民族のことばとつながっていて、よくある言葉の音のつながりというものから他のことばも類推して読むことになるわけだ。例えばhayashiと書いたところでフランス語人はアヤシとよむのが精いっぱいだろう。
となると、本来は日本の中できっちりと日本人ファーストで規則を定めて、マンガなどで固有名詞が出てくるときはそれに従って書くと。そうすることで逆に海外の人たちもルールを理解して正しく発音してくれるようになるのではないだろうか?
ちなみに英語を外国語の主流と考えるとしても、英語に合わせた綴りといってもそれは英語的な文字の並びなどで類推されるので発音もできるので、先に書いたようにmachidaはchicagoなどからの類推で”シ”と読まれてしまうのだろう。
そうなると、結局は英語国以外ではなんの役にも立たない”ヘボン式”に合わせることが何の意味があるのか?米軍と演習するのにはいいってことなのか、、、まあそういうこかもしれないが。あとは米国にネット情報を解析させたりするときも、ヘボン式がいいってことか?
それにしても古田徹也氏の発言に哲学を感じなかったのは返す返すも残念だ。哲学者の中にもエスペランチストとして、訓令式を使っているひともいるようなのに。物理学の世界ではもっといるように見える。過去の記載はどうするのだろう?今後ローマ字でかくとき(引用するとき)などはヘボン式にするのか?なぞも多い。
テクニカルなことをいうと、音便の表記についてあまりいわれなかったのも残念だ。
jitteとかくのかjutteと書いて発音はジッテなのかなど。asakusaなのかasaksaなのかなどもちょこっと古田氏は表音なのかひらがなのローマ字化なのか?ということはいっていたようだがあまり議論は深まらなかったのはこういった例を出さなかったからだと思う。
とにもかくにもなんだかわからないのだが皆さんそもそもがローマ字をどの場面で使うのかについてすらあまり合意できていなくて、日本国内の地名表記や人名表記くらいしか考えていないように思われた。
小生は実は大昔メールをローマ字で書かざるを得ない環境で書いていたことがある。今でもそんな感じの環境にいる人はいるのではないだろうか?そういう話しは全くでなかったようでどうもな、という感じである。
ぜひとも小委員会のメンバーにその手のPCを渡して、これでどうするか、とかやってもらえばよかったのにと思う。そうすれば皆さんより身近に考えてもらえたのではないだろうか。