佐伯啓思さんが見る戦後80年 「ごっこの世界」は終わらない:朝日新聞
ひとことでいって、なんだかなあという印象だ。
そもそもが「ごっこ遊び」では人は死んだりはしないわけだが、何しろたくさんのひとはその思想に殉じている。それは佐伯氏がいうところの”ごっこ遊び”じゃあ生きていけない、ということだったのだろうか?もし”ごっこ遊び”が嫌ならば海外に移住する、隠棲するなどいくらでも方法はあるべきだが、そんなことはしていない。むしろ三島由紀夫氏自体が世間からは”軍隊ごっこ”をしている人とみなされて最後はあのような末路をたどった。佐伯氏の文章からは世間が考えた三島氏の軍隊ごっこについては触れていない。また、同じく佐伯氏の同人の西部邁氏はどうだろう。また江藤淳氏はどうだったのか。小生は江藤淳氏も確かに佐伯氏が書くようにいろいろなことは行ってはいるが、彼の中ではむしろ一般の日本人よりもよほど”アメリカ”へのあこがれのようなものは強かったと思っている。佐伯氏も含めて日本の知識人の思想を写す鏡としては米国というのはあるのだろう。一見反対に見える人たちが、実はあまりかという鏡に写ると逆だけど同じようなものなのかもしれない。むしろ米国の傘の恩恵を受けたのは、留学などの実益も含めて知識人だったのではないか。また、中には占領下で密告をした人たちもいたと聞く。そういったことは佐伯氏は触れず、なんだか大衆への憎悪のようなものすら感じる。
佐伯氏がいうところの戦後は1970年の万博を契機に終わったのか?というのも大きなところだ。小生は戦後というのは別に戦争をどうしたというのではなく(もちろんそれも大切だが)やはり、日本の領土まで攻め込まれて敗戦に至ったというのは大きな出来事であって、政治的、経済的な総括で区切りがつくものではないと思う。佐伯氏は経済的に豊かになったことをいうのだが、例えば南北に分かれたままの朝鮮半島のことや沖縄のことを考えれば決して戦後が終わったなどとは実感としても言えないと思う。また、靖国神社に親族を祭っている人たちも冗談じゃないということではないのか。
つまらないことだが、佐伯氏がいう終戦がサンフランシスコ講和条約だというのはへーだった。通常はミズーリ艦上での全権大使の署名をもって終戦と考え、そのあと米国の統治なども始まったと考えているのではないだろうか。正式な署名前は今のイランとイスラエルなどをみても、弾が行きかったりすることもあるわけだ。
もし佐伯氏が”天皇の玉音放送をもって終戦”ということについて、戦後の今も天皇が日本の君主であることについて、あれこれというのであれば、それはそれでわかるのだがそういったことには触れていない。サンフランシスコ講和条約が終戦だというのはどういうことなんだろう。一般市民にとっては、弾が行きかうようなことがなくなれば”終戦”なのだと思うのだが。佐伯氏的な言い方をするなら、今の国連自体がどういう国の連合かといえば、枢軸国に対して連合した国なのであって、もしかするとサンフランシスコ講和条約ではなく、国連加盟をした1956年12月18日をもって終戦とすべきかもしれない。
まあどちらにしろそうした新たな戦争は起こしていないし、逆にいうと日本は国連に加盟するなどして国際社会に復帰したが、日本の占領の後の影響が世界には残っているのであって、それが続く限りは戦後は終わらないので、当然”ごっこ”などではないと思っている。佐伯啓思氏は1980年代は輝ける存在だと思ったが、なんともな感じで残念なことだ。