がっかりな朝日新聞長嶋茂雄氏逝去関係の記事(6月4日)

長嶋茂雄氏の逝去の関係の記事が6月4日の記事には多数出ていた。

しかし残念だったのはほとんどが野球関係の記事だったことだ。

小生が考えるには、長嶋氏の人生は、野球の監督を退任しても、いろいろなところでの活動によって輝いていたと思っている。その紹介がない。ゼロだ。びっくり。

天声人語からして、1975年の引退時のおそらくは深代淳郎氏が執筆した天声人語の引用から始まり、なんだかそれ以上は出ないような気がする。しかし、小生は前に書いたように、むしろ引退後、監督も退任した後の人生でいろいろなひとたちの光になった人だったと思うがそういったことには一切触れない。全く残念というかなにか制約があるのだろうか?例えば脳梗塞で不自由になったあともリハビリを経て人前にでていたが、ひとによってはあまり出たくない、というひともいるのではないだろうか。また、これは引退後いろいろなメディアにでてわかってきたことだが、実に他の人に対して思いやりのある人だったと思う。野球人にありがちな、”おれは長嶋なんだぞ”みたいなところがなく、むしろ息子にそんな感じを感じるのは残念だ。

ついでにいうと、長嶋茂雄氏の時代はプライバシーは駄々洩れだったので、家族についてのこともいろいろと報道されて、それも本人は思ってもないことだろうけれども、同じようなことに悩む人の支えになっていたのではないだろうか。朝日新聞の1面は”長嶋茂雄を続けるのは大変だ”と本人がいっていたことを書いているが、むしろこれだけメディアが発達した中で”長嶋茂雄を続ける”ということはやはり本当のものがないと難しいと思う。山本浩司氏などは演じていた部分があったことをいっているが、確かに野球界についてはそれもあったかもしれないが、繰り返すが、一般人にとっては、むしろ野球以外のところでの活動が一層彼を光にしたことは確かだったと思う。朝日新聞は一般紙なのだから、むしろ社会面などにはそういうことを書けばいいのになあと思うのだが。

その一端はスポーツ面のもとマネージャーのインタビューにあって、一緒に絵などをみたときに一生懸命説明してくれたというのだが、彼のすごいのは一流のひとから学んでそれをまねることができたことなんだと思う。そしてそれが自分の中でつくられていくようなそんな感じがする。だから、例えば学者などと話しても、よくわからなくても吸収してしまうところがあるのだと思う。もしかするとそれは長嶋氏の中で変換されるのかもしれないが、それがまた面白かったりするところに良さがあったのだと思う。

昔の”社会党になったらプロ野球は危ないのでは”というのもおそらくはどこかで読んでそう思ったのではないだろうか。それを当時の知識人たちはバカにしていたし、晩年はそういった発言もなくなっていたように思うが、バカにしているほうがばかだったと思う。いまのスポーツ選手などには想像できないような発言だと思うが、そういった発言ができないことは日本の不幸だと思う(別にどこの政党を支持するのがよいといっているのではなく、そういったことを公言できないことがおかしいといっています。日本には政治・信条の自由があるはずなのに、何かスポーツ選手の議員候補者などは政党をとわず、知名度だけが求められるようなのは本当にどうかと思ってます)

ということであまりに朝日新聞にはがっかりだ。特に天声人語のひとは、おそらくはいま書いているということは、ほとんどが監督を退任後を見ているのではないかと思うのだが、そういう世代にとってどうなのかなど書いてみたらもっとよかったのに、とまあ全体的なこととはいえ、天声人語のレベルも下がったなあと思う次第(ちなみに引用の深代淳郎氏の天声人語はおそらくもう最後の方で(たしか深代氏は1975年11月に最後の天声人語を書いたのでは?)、深代氏としては体調も良くない中のものではなかったのではないか。それすら越えられない、越えようともしない、というのはまったくなあという感じだ。