解散命令後の宗教法人「精算」に向け、文化庁検討会が指針を策定へ 旧統一教会は「解散」即時抗告中:東京新聞デジタル
なんだかよくわからない記事だった。
宗教法人は解散させられたとして、任意の団体として継続(法人としてではなく)することは可能だろう。そこへの財産の移転も制約できるのだろうか?
それはかなり憲法に定められた結社の自由や経済的自由を制約するもので、刑事事件を起こしていない旧統一教会にそこまでできるのかは疑問。一方民事での損害賠償?まあ債務が裁判で決まっていけば、お金を返さないといけないということになると思われるが、清算してもそれに対応するお金は残さないといけないのだろう。しかし、解散、清算するということはどうなのだろう?もちろん固定資産などは今後固定資産税を払う主体がないといけないわけで、それは確定すると思う。しかし、それも別の宗教法人へ譲渡したりするとどうなんだろう。例えば統一教会の有志が全く新しい宗教法人を作って、いつの間にかそこへの移転が残った宗教法人で可決されたらそれは防げるのだろうか?そういったことがないようなガイドを作るということだと思うが、完全にしようとすれば、完全に憲法を制約することになって、その根拠は厳しく争われるのではないだろうか?また、献金についても、そもそも家族が献金をどこまで取り戻すことができるのかは厳しい制約がないといけないと思う。特に故人だったりすれば日本の宗教界全体に影響を及ぼすようなことになってしまう。日本のキリスト教会などでも無収入の家族が献金しているようなことはあって、そういった方がなくなった後に家族が返還を求めてそれに応じていたら宗教法人へのインパクトは相当大きなものだ。そもそもが献金は何かしらの対価を求めないから献金なのであって、その金額も自由なだけに収入がなくても献金するひとがいるわけだ。何かこれを献金には妥当な金額以上は不当みたいなぼやっとしたことで議論されるのはどうなんだろうと思う。もちろん小生も旧統一教会で伝えられているような強制のしかたは問題だと思う。しかし、今の議論はそういったプロセスに関することよりも、額などがにぎやかに伝えられることに懸念を持っている。
宗教2世というが、こどもを日曜学校るのもある意味どうなんだろう。例えば2世ではなくてもある有名な劇作家は、カトリック系の幼稚園にいったことで小学校まで悪いことをしたら懺悔する習慣があったという。そういったことも宗教を強制されたことによる心理的な問題を発生させたことだといって、訴訟を起こされたらどうするのだろう?
まあ今後どうなるのかわからないが、それを嬉々として報じている新聞記者というのもどうなんだろうと思うのだが。