旧統一教会への解散命令

もりあがっていますが、それほどの意味があるのだろうかという気もする。

そもそもが危険なところもあって、認定されたのは過去のことなのだが、それではなぜ文部科学省はこれまで何もしなかったのか?という話になっていくようにも思う。事務次官経験者の某M氏は他人事のようにいっているが、彼も含めた文部科学省、当然大臣も含めた過去の関係は吟味されるべきだろう。これまでの解散命令はことがあってすぐに解散命令がでていたが、今度はあきらかに、安倍元首相の事件のあとに行われたことで、あたかも安倍元首相の事件を起こしたことと旧統一教会に関係があるといわんばかりだが、それは飛躍のしすぎだろう。繰り返し書いていることだが、今の時点よりも1990年代の活動などもっと激しかったように思うので、そのときに解散させずにいま、なぜ?という疑問は消えない。

また、この解散命令はさすがに刑事事件を起こしたわけではないのでオウムのように公安があとを観察することもできないだろう。そうなると、受け皿の宗教法人を作って、面子を変えてそこに資産などは譲渡するのではないだろうか?仮にそういった受け皿が認められないとすると、資産は信者に分けることになるのかもしれないが、そんなことは可能なのだろうか?となると、最後の宗教法人の解散を決める場で誰か特定の人に資産を譲るのではないか。当然そうなると、そこには課税されるわけだが、おそらくは大したことないという感じで全然影響はなさそうな気がする。たしかにあれだけの資産をもっていればそれなりの額を納税することになるのだろうが、どうなんだろう。

どちらにしろ本当に求められている被害者の保護という観点ではかえってやりにくくしただけなのではないだろうか?

実際オウムは解散してしまいよくわからない状態で資産は維持されているようだ。こういったことを見ないでただただ解散命令を喜ぶのはどうなんだろうなあと思うのだが。