朝日新聞の2月27日朝刊2面では弁護士がいなくなる地域があることを報じている。
一方オピニオン欄では学者が高校生の就職で学校がひとり一社しか推薦しないことを問題といっている。
実は両方とも同じ問題なのではないだろうか。今の日本も万人に同じような収入をもたらす社会から、”がんばった人が報われる社会”に変化している。そうなると、弁護士は都会に遍在するだろうし、高校生もマッチングアプリなど使えば、結局はマッチングアプリに多数の手数料を払う企業に就職しておしまいだ。しかし企業の利益は限られるのでマッチングアプリに使うお金はどこから出るの?結局マッチングアプリでいいと思われるような会社は大都市で大量に採用できる会社ということになるのはあきらかだろう。何しろマッチングアプリに支出を多くできる。確かに高校生が情報から遮断されているのは問題だ。しかし、その解決は実際の建学を増やすなどして実態と触れられるようにすることではないのか?この中室さんという人の意見はいつもどうもと思うことが多いが、なぜなのだろう。経済学者は採用コストを地方の小さい企業も都会の大企業も同じようにかけられると思っているのだろうか?もちろん企業の将来がかかっていると思えばそれなりのコストをかけるのは当然だが、それはマッチングアプリで魅力的に見えるようにするということとは別ではないだろうか?
そしてそもそもの地方に人が残らないということだが最初にもどって今の頑張った人が報われる社会、ということで言えば、都会で企業のM&Aなどで利益を上げる弁護士のほうが高い給与をとれると。そうなるとそこに人が集まるということかと思う。また、政府の方針もそういった分野を伸ばすことを目的に弁護士の数を増やしたことは明らかだ。したがってかつての企業の法務部門的なひとも今は弁護士として要請された人が担うようになっているということなのだろう。かつての日本の企業には法学部出身でその分野では弁護士よりも知識もあるような人が多くいたと思うのだが、今は最初から弁護士を雇うということで、おそらくそのうちのかなりはそれはキャリアアップの一手段で、その後それを自分の売り物にして弁護士事務所に転職したりするのだろう。うーんという感じだ。
結局本当に弁護士会などで活動して自分の活動範囲を広げようというひとは、なかなか報われない仕組みになっているように感じる。
ここはふたつの方策があるのでは。ひとつは医師の自治医科大学などのように新卒で合格後は何年かその地方の弁護士となることを条件に法科大学院で修学するひとをもうけることだ。
もうひとつは裁判にかかわる弁護士(昔のイメージの法曹といっていいのか)と企業内の弁護士を分けて、できる仕事の範囲も分ければいいのではないだろうか。小生には大手の弁護士事務所に最初から所属して企業相手の仕事しかしていないような弁護士が例えば40歳になったときにどうするのだろうと思うことがある。若いうちはバリバリとパートナーのしたで働いているのでいいが、”太い客”をパートナーから引き継げない、または新規開拓する営業力もない弁護士はおそらく外にでて事務所を開くのだろう。しかしそこで裁判にかかわれるのか?
ということで3面では消化器外科がいなくなることを報じているところにつながるが、医療の直美問題のようなことがここでもあると思う。最初に美容整形にいって、稼げるうちはいいが、そこで稼げなくて放り出された医師が一番出来なさそうなのはまさにここで書かれているような消化器外科などの世界だろう。
医師弁護士そしてある意味労働力として非常に大切と思われている高校生がみんな今の日本の”がんばれば稼げる、がんばれなければドロップアウト”のような世界でもがいている結果ではないのだろうか、、、
特に高校生に地域で働いてほしいのであればやはり労働環境づくりが第一で、経済学者がオピニオンでいっているように、情報にアクセスできるだけではない。地域の企業で働くことに安心感を持てるとすればそれは国政、地域の政治への信頼がなければならない。そういった政治の問題なのではないか?観光だけで地方は生きろみたいなことを言われてもね(東京都ですら多摩島しょ部は移住者や観光でなんとかしろらしいのだが)。