社会保険は社会のセーフティーネットでは?

よく言われることに社会保険は現役世代が負担して老齢世代が使っている、というような話がある。

しかしそれはそれほど単純な話だろうか?

仮にだが、社会保険を減少させたとする。そうなると一時的にはよいかもしれないが、自分たちが70歳になったころのことを考えてみたらどうだろう。

もちろん自分でプラスしたたくわえをしていて、それが成功していればよい。しかしNISAやiDECOは必ずしも元手が保証されるわけではない。どれだけ増えているかはわからない。しかもこれから企業は退職金の制度なども軽くしていくのだろう。そうなってくると、必然的に病気などで働けなければ生活保護に頼らざるを得ないひとが増えていくのではないだろうか。もちろん社会保険は年金だけではなく、健康保険なども含まれるので、当然若くても病気をした人の負担はどうするのかということもある。また、雇用保険も十分でなければ次の仕事を探す余裕もなく、いったんしごとをやめると、かなり厳しい状況に置かれる人たちも出ることが予想される。今はリスキリングとかいうものの原資を雇用保険から出すことを想定しているようだが、社会保険を減額するということはそういったものの原資も減っていくということじゃないのだろうか?

どうも地方の税収の話が多いが社会保険料を減らすということはそういったもっと根本的な社会の中のセーフティーネットをどう作っていくのかという問題があると思うのだがそこについて国民民主が何か言っているというのは聞いたことがない。

もっと驚くのは連合が何も言わないことだ。

国民民主が一時的に”現役世代”においしい餌をまいて、当然現役世代は自分たちの10年20年先は見通せないし、自分はうまくいっていると思っていれば、”うまくいかない人”を支えることなど思いも至らないのかもしれない。

ここは米国などは教会のような場所がセーフティーネットになっているし、ヨーロッパはなんといっても国が前面に出ているところで、政府か宗教というどちらかが作らないといけないものだろう。これまでは日本は政府が作ってきた。それを軽くするということでどうするのか、一部の人たちが何かするかもしれないが、結構日本は地方公共自治体の財政的な支援を得ているNPOもあるようだ。それは米国などとは違うのではないだろうか。ヨーロッパといえども今は米国流の自己責任が跋扈しているが、まだ根本的に政府の役割はなんとか果たそうとしていると思われる。日本はそのような役割を捨てて、本当にどういう社会が出来上がるのだろう。特に国民民主にはそこは説明してほしいところだ。