朝日新聞夕刊惜別(9月7日)

(惜別)武藤徹さん 元高校数学教師:朝日新聞デジタル

なんとも立派な高校教師の死去に伴う文章であるが、どうも調子がよろしくない。

最後に理由が分かった。筆者が近藤康太郎氏だったのである。

こういった文章はおそらく故人について書くものだろう。しかし最後の一段はまるごと近藤氏の個人的な事柄について書かれている。

おそらくは朝日の中には戸山高校の出身者でもっときちんと武藤氏について語れるひとはたくさんいただろうし、小生自身ネットに載せられている文章を拝見して、立派な見識を持った方だと思った。しかし近藤氏が書くのは表面的な、いかにも近藤氏ならではのこけおどしだけで、武藤氏の優れた教育者としての姿は伝わってこない、というか下手をすると最後のほうの近藤氏のために奔走した姿を読んで、それが武藤氏のスタンス、なんだか昔の学校ドラマのような話に見えてしまうのではないか。しかし、実際は武藤氏は冷静な分析の下教育を行った教師であって、当然のことながら学校にまともにいかなかったと自ら書く近藤氏にとっての武藤氏は、結局自分のために奔走してくれたというところだけした実際に接するなかではなかったのだろう。全く残念なことだ。

近藤氏の文章にはないが、学園闘争のころの対処や学校群制度に向けた視点などを紹介すべきだったのではないだろうか。それは今の重点進学校になってよろこんでいる母校に対しての見方というものにもなろう。ただそういうことを書くとせっかく、最高学府東大ー>朝日新聞というエリートコースを歩んだ先輩ということで、学校に呼んでもらえたりするようなチャンスを失うことになるのかもだが、、、

ということで高2の半ばで学校に満足にいかなくてもとーだいに入る近藤氏の優秀さをほからしげに語る自分語りがなんでこの欄にでているのだろうという感じがした文章。