朝日新聞に0歳児投票権についての3人の有識者の意見がでていた。
小生はまったく話にならないことだと思っている。
理由は政治に参加するのは責任のある市民だということだ。
責任があるということには二つあると思っている。
一つは納税の可能性があるということだ。
まあ今や消費税は誰でも払うわけなので、子供でも消費すれば税金を払うわけでちょっと揺らぐところもあるが、しかし、収入がないこどもの消費税は間接的に収入を得ているひとが払っているということにしたい。
二つ目は、義務教育が終わっていないということだ。やはり、それなりの判断をするにはそれなりの教育が必要だ。もちろん職業などを通じて政治意識などを身に着けるひともいるだろう。例えば子役として3歳から働いていたりすれば、小学生でも立派な職業意識や社会についての見方は身につくだろう。しかし、例えばヘイトに対する考え方などは義務教育の中で教えられてから参政権は持つべきではないのだろうか?そういう意味で日本では投票権をあたかも天与のものであるかのように思っているように感じるが、投票権は自ら獲得するモノである。それを正しく行使することの大切さが3人のどの意見からも感じられなかった。
特にひどいのは駒崎某でめちゃくちゃ。参政権や投票権を人権と絡めているけど、それはおかしいですよ。17歳はどうなんだというが、それは小生もおもうので上の話からすると16歳からでいいと思っている(義務教育の終了)。しかし、駒崎氏の意見はようはこどものいるひとにたくさん選挙権を与えろということでしょう。むちゃくちゃです。
ちなみにそうおもってオピニオン欄の下をみると、ひさびさに近藤某の多事争論もでてた(本当は奏でるだが面倒なので争うのまま)。うっとおしい土曜日だ。また、妙なことを書いている。自分のところにくる人間に飯を食わせてそれが販売局の費用だと書いている。わざわざ書く必要があるのか。というのは要は自分は朝日新聞の版場に経費を使って飯を食わせられる人間だということを言いたいだけなのだろう。しかし、その原資はどこから出ているかというと、一生懸命新聞を販売している人や広告をとっている人たちの努力だ。また、新聞を運搬する人などはきっときつい労働を毎日続けているけどそんなものを食べさせてはもらってないだろう。販売の経費で食えるのは販売に資する活動なのでその原資とみなされるということだろうけど、なんだかこのひとにはそんな意識は皆無。自分が偉いことをひけらかすような意味にしかこの文は見えなかった。また、後の方で休耕田の解放について書いているが、なぜ野菜は対象外か全然わからない。放置されている畑だって今はたくさんある。都会にもある。どんどん宅地化されているところもあるが、それでいいのだろうか?だれも100%の生産などを目指すだ度といっていないと思うけどまさにバランス。ここで近藤氏は極論はよくないようなことをいっているがまさに彼の言っていること自体が極論で、彼の頭の中はおそらくあまりの飲食代をどう落とすのかがこの文章の眼目なので思考は止まった状態で書かれたのだろう。そうとしか思えず、それこそこのように読者を減らそうとして書いているとしか思えない記事に紙面をさいている朝日新聞ってなんだろうと思うのだが。