朝日新聞12月22日を読んで

(あすを探る 共生)命の使い捨て、考え続ける 望月優大:朝日新聞デジタル

これはひどい論考だ。まずサッカーのカタールの話から突然過去の大阪万博にいくのはなぜ?普通の発想なら東京五輪(2021)がどうだったかとか、冬季北京五輪はどうだったとか、近いアジアのふたつはどんなものか書いてほしかった。日本も北京もいろいろといわれていることはあったような気がする。なぜそこはスルーなのか、まずそこが1点。

また、そこからホームレスの問題に移行していくのだが、上記に触れずに大阪万博にいったのはむしろ意図的に最近はホームレスはもう東京五輪の建築現場で日雇い仕事にもつけないから?ともおもった。当然日雇い労働者の差配にはあいまいなところがあるので、オリンピックなどでは難しいのかともおもったりする。もしそれだったら、むしろ今の山谷などで”活況”となるのは何か書いてくれればよいのにと思う。それを書くのであれば最初のカタールの話は我々にすごく社会を考えさせることになっただろう。

そしてその次ホームレスの命の話が出てくるが、渋谷幡ヶ谷の事件からDAIGOの話を持ち出すが、DAIGOという人は渋谷幡ヶ谷の事件についての発言として言ったことだったんだろうか?翌年といっても事件は12月だったからすぐなのでそうなのか?そのあたりも調べないとわからない。ただ翌年と書かれてもなあ、という感じだ。ちなみに渋谷で亡くなった方を殺害したとされた方の件は裁判で実際のところが明らかにされたのだろうか?容疑者は裁判を受ける前?に自殺してしまった。望月氏のような裁判で明らかになってないことをを平気で書き散らす人権に敏感な”ライター”というひとたちにとってホームレスと命は大切で、社会で阻害されているほかの要因があるひとの命は軽いもの(自殺して当たり前くらいに思っている?)のかとも思わされる。そういった軽い感じがなければ、渋谷幡ヶ谷のことをこんな書き方はできないだろう。朝日はこのような不誠実なライターに紙面を渡すのはやめてほしいなあと思います。